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ぱんせどフランセ

思いつくまま、たまに仕事のことなども。

福祉の現場に生きる人たちへのインタビューをもとに書いた
ルポルタージュ「日々を織る」も連載しています。
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8月15日、祖母からの言葉を思う。
0

     

    8月15日、終戦記念日。

     

    この“終戦記念日”という言葉が

    メディアから聞こえてくるたび、

    祖母は「終戦やない、敗戦や」と言った。

     

    敗れたということを棚にあげた

    終戦という言葉が、

    祖母にはどうにも、

    糖衣を被せたきれいごとのように思えたらしい。

     

    集団疎開に出していた幼い我が子を

    戦争孤児にするのなら

    一緒に死んだ方がいいと

    夜汽車に乗って大阪から島根まで

    単身迎えに行き

     

    空襲警報が鳴り響くたびに

    電灯を消した暗闇の中

    子どもを抱きかかえ、

    防空壕のなかで蒸し焼きになるか

    ここでドンと一思いに死ぬのかという

    選択に怯える心で直面しながら

     

    庶民の台所から鍋釜を集めて

    鉄砲の弾を作らなければならない国が

    どうしてこの大きな戦争に勝てるのか

     

    昨日まで魚や野菜や米、味噌醤油を売っていた

    50代の男に鉄砲持たせて戦地に送るという

    日々の暮らしの中で目の当たりにする現実は、

    新聞で知らされる戦況とはあまりに違う

     

    一日も早く、この戦争を終わらせて

    一人でも犠牲者を少なくする道を

    なぜ探らない、選ばないのか

     

    と、

     

    もちろん家の中で声を潜めてではあるけれど

    嘆いていた祖母にとって

    勝てる勝てると国民の心を掻き立てて

    多くの命を投げ捨てた戦争の終結のあり方を

    曖昧にすることは受け入れ難かったようだ。

     

     

    物心ついたときからディズニー映画を観て

    バービー人形で遊んでいた私にとって

    祖母の言葉は、なんと言うか、

    年寄りの昔話のようなもので

    心のどこかに留まって

    いくらかは考えに影響を与える程度のものだった。

     

    その祖母の言葉が

    平手打ちのように自分の心を

    ピシャリと打つように甦った出来事があった。

     

    一人のベトナム人女性と話していた時だった。

    何がきっかけで

    どういう流れでそういう話になったかは思い出せない。

    ただ、お茶を飲み

    彼女の暮らしについて話している中で

    彼女の口からこんな言葉が出た。

     

    「日本は戦争に負けた国でしょう」

     

    この言葉を聞いた瞬間、

    幾度となく祖母から聞かされていた

    「終戦やない、敗戦や」

    という言葉が

    ピシャリと胸を打つように甦ったのだ。

     

    「ドイツとイタリアと日本。

     最後の世界大戦の負けた国、そうでしょう」

     

    一瞬、固まって頷きもしない私に

    彼女は言葉を重ねた。

     

    そうか、日本は戦争に負けた国。

    世界の中の3つの敗戦国の1つなのだ。

     

    歴史の教科書で習った活字が、

    血肉をもって自分の肩に手を回してきたような

    生暖かい現実味を持った。

     

    この時、たしか30歳を過ぎていた。

    30歳を過ぎて、何か、

    大きな世界観での事実に始めて目が開いた…

    という言い方は大袈裟だろうか。

    けど、あの時受けた衝撃は、

    それくらい大きなものだった。

     

    私にそう言ったベトナム人女性は、

    まだ20代だった。

    彼女の家族は難民として日本へやってきて

    彼女も幼い頃には

    周りの日本人の子ども達に比べ

    自分たちの暮らしの苦しさを感じ取っていたという。

     

    その中で、自分のアイデンティティを

    確かなものにするために

    彼女は自分のバックグラウンドと向き合って、

    たとえそれがどれほど過酷なことを含んでいても、

    真正面から捉えて生きてきていた。

     

    彼女のこの姿勢について

    マイノリティだからこそという理由があるのは

    否めないし、否まない。

    けど、彼女のこの姿勢、この強さは

    したたか、私の胸を引っ叩いた。

     

    彼女の若さが

    一瞬、返答に詰まるような

    率直な言葉を使わせたのかもしれないが、

    その率直さに(正直、傷つきもしたけれど)

    目から大きく分厚い鱗が一枚剥がれ落ちた。

     

    事実に糖衣を被せたような

    ”終戦記念日”という言葉を嫌った

    祖母の気もちに

    それまでよりも少し想像力が働くようになった。

     

    卑下する必要はない。

    卑屈になる必要もない。

     

    ただ、終戦ではなく敗戦という言葉を

    一度は自分の胸の内で呟いてみることで、

    自分が生まれ育ち

    いま、安心して日々を暮らしている

    この日本という国のことを

    可能な限り

    思い込みや思い入れから解放された

    明るい視力で見られるのではないだろうかと。

     

    今年もまた、

    祖母から直接、戦争の話を聞いたという経験を

    財産に思う8月15日だ。

     

     

     

    JUGEMテーマ:エッセイ

    | 言葉の話 | 15:27 | comments(0) | trackbacks(0) |









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