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ぱんせどフランセ

思いつくまま、たまに仕事のことなども。

福祉の現場に生きる人たちへのインタビューをもとに書いた
ルポルタージュ「日々を織る」も連載しています。
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居場所をつむぐ。vol.7|「日々を織る」
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    ☆「日々を織る」福祉の現場に生きる人たちのルポルタージュ☆

     

     

     

    Person 4   鈴木 貴子さん

     

    居場所をつむぐ。

     

      居場所のあること

      福祉の道へ 

      キャンプリーダーで鍛えた実践力 

      福祉を職業にすることへの躊躇 

      新聞社での日々 

      再び福祉の道へ、そして1995年1月17日 

      震災からの復興の町で 

      地域福祉の推進 

      もう一度、一個人としての福祉との関わり 

      高齢者福祉の世界へ 

    ⅺ   採用担当者として 

    ⅻ   働く環境を整える 

    xiii  人から人へ、受け入れられる安心

    xiv  人を育てる、職員へのケア  

    xv  尊敬心をもって接する 

    xvi  支援の仕事に見いだす喜びと感動

    xvii 困っている人がいない環境をつむいでいく

     

     

    未曾有の事態にどう対処するか。

    「部署の壁を越え、職員が一丸になって動きました。

    普段の仕事に関係なく、皆でともかく、事に当たりました」

     

    まず、県の社会福祉協議会の事務所は

    稼働不可能な状態だったので、

    JR明石駅から4キロほどの玉津という所にある

    兵庫県立総合リハビリセンターに仮事務所を置いた。

    鈴木さんを含む4名がその仮事務所に通い、

    他の職員は、一週間かけて

    事務所を仕事ができる状態に整備した。

     

    鈴木さんが暮らしていた住居は

    ライフラインが止まり生活できなかったので、

    同じく六甲道駅近くに住んでいた事務所の先輩と一緒に、

    高砂市にある先輩のお姉さんの所にお世話になった。

    仮事務所に通っていた間は、

     姫路に住んでいた上司に車で送り迎えをしてもらい、

     震災から一週間後、県社協の事務所に戻ってからは

     先輩と一緒に神戸駅まで電車で出て、

     そこから1時間程歩いて通った。

    「先輩のお姉さんのお家にお世話になっていた

     ひと月くらい、そういう生活でした。

     あの時、皆がそうでしたから。

     誰もが、ごく当たり前に歩いていました」

     

    町が機能を失い、

    人の暮らしが普段どおりにいかなくなった中、

    仮事務所で先ず取りかかったのは、

    兵庫県内各地域の社会福祉協議会の状況を把握し、

    東京にある全国社会福祉協議会をはじめ

    他府県の協議会とのネットワークに

    情報を発信することだった。

     

    2月に入り交通網が復旧しはじめると、

    西宮市の障害者の状況調査が始まった。

     

    「安否確認と困り具合を調べるために、

    当時、許されていた範疇で入手できた

    役所のデータをもとに訪問調査をすることになりました。

    ほんとうの困りごとを分からなければ、

    何をどうしていくのか、計画できないからです。

    地域の社協や学生ボランディアの協力もありました」

     

    県社協で仕事を始めて半年足らず。

    土地勘もないまま、ともかく指示に従い動いた。

    重度障害者と高齢者を合わせて

    状況確認を必要とする人は7000人を越える見込みだった。

    西宮市を始め、近畿全府県の社協から応援が駆けつけ、

    兵庫県下の社協と力を合わせて、

    安否確認と状況把握に歩いた。

     

    ボランティア元年という言葉が生まれ、

    マスメディアが積極的に取り上げる

    ボランティアの姿などに世の中の注目が集まり、

    社会福祉協議会の存在意義を軽視する声もあったが、

    近畿全府県の応援に加えて、

    日本全国の社協からのサポートを受けて

    地道な住民活動が続いていた。

     

    普段の生活を続けていくのに

    ほとんどの人が困りごとを抱えた状況で、

    障害者のそれは、どれほどのものか。

    支えになる人、住空間、医療など心身へのケアと、

    取り巻く環境への影響の大きさは想像に難くない。

     

    町が復興に動き始める時、その姿が、

    より多様な人が暮らしやすいものになるように。

    困っている人の有様をその目で見て、

    声をその耳で聞いて、計画に反映する。

     

    「全国の社協が手を繋いだ時でした。

     臨時の組織体制で、皆が一丸となって、一刻も早く、

     必要としている人に必要な支援を届けようと動いていました」

     

    注目を浴びたボランティア活動の受け入れや調整など

    表立って目につかない裏方の仕事も引き受け、

    ともかくも困っている人を支えようと

    全国の社協が手を繋ぎ、2月3月と集中して動いた。

     

    生活福祉資金の貸付のように当座の生活を支えることと、

    将来の生活環境を整える準備。

    町の再生に際して、福祉の仕事に従事していた人達が

    どれほどの責務を担っていたことだろうと、

    あらためて思う。

     

                   次回「 地域福祉の推進」へ

     

     

    協力:社会福祉法人 白寿会

     

    コーディネート協力:社会福祉法人 産經新聞厚生文化事業団

     

     

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    JUGEMテーマ:社会福祉

    | ☆ルポルタージュ「日々を織る」Person4 | 08:43 | comments(0) | trackbacks(0) |









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