足腰の弱りは一気に老化を進める。
高齢化について頻繁に耳にしてきたことだ。
もう十数年以上も昔のこと。
90歳を過ぎた殿方がおられた。
若い頃、文士として名を知られ、
当時の、アナーキストや無頼を地でいく暮らしぶりについて
沈黙のご本人をよそに、周りの人たちから聞かされたものだ。
90歳を過ぎたその頃もオシャレで、
食事にはワインを欠かさず、
会食のテーブルに麗しき女性がいれば
いつもより目が力強く輝く方であった。
その殿方が転倒して腰から足にかけて骨折してしまった。
幸いケガは2、3か月で完治したものの
脚力がすっかり衰えてしまい、
自由に歩けるようになるまで長くかかった。
その間に、食べる量も減り、体力が落ち、
何より記憶力や認知力が衰えてしまった。
ずいぶんと馬鹿になったものだ、と
思考力、洞察力の明晰さを失ったことを
歯がゆそうに口にされることもあったが、
こと文学の話になると
同席する若い人も圧倒されるほど
舌鋒するどく意見を述べられていた。
ご自宅から出ることもなくなり
お会いする機会もなくなってしまったが、
近況だけは知らせていただいていた私たちは
その話を耳にして、ずいぶんと胸が痛んだものだった。
今年、1月に始まったコロナ禍。
正体不明の感染症に、高齢の母親は外出を控えた。
早朝の散歩だけはしていたが、人の中を歩くことは控えた。
「足腰が弱ったらどうしよ」と心配しているうちに
あの緊急事態宣言となった。
緊急事態宣言が解除になってホッとしたのも束の間、
殺す気か!?とぼやきたくもなる酷暑であった。
年明け早々からの引き籠もり生活で
体力控えめになった母親が、
あの酷暑の下をマスクをして出歩くのは危険で
どうにもいただけなかった。
それはちょっと無謀である、とんだ冒険野郎である。
そしてやっとこさの秋。
体力の衰えを取り返そうと外に出て歩きはじめた母親、
案の定、脚力が弱っていた。
歩く速度が落ちて、距離ももたない。
えらいこっちゃ、えらいこっちゃ、であった。
散歩の量を増やすところからはじまり、
繁華街にも出かけるようになった。
イルミネーションが町を飾り始めて間もなく、
日暮れの散策に誘った。
夜道は視界が悪いらしく少し躊躇していたものの、
出てみれば華やいだ街を楽しんでいた。
そしてその夜散歩をきっかけに、驚くほど体力が上がった。
脚力の衰えに伴って、増えていた物忘れもおさまってきた。
すごいものだと感心した。
ここ数年、暗い夜道を歩くのを怖がっていたのだが、
そのイルミネーションを楽しむ散策以来、
日暮れの街を歩くことにも積極的になった。
昔旺盛だった好奇心が戻ってきたようでもある。
ほんの少しのきっかけで、
母親の中に何か大きな変化があったように思う。
11月半ばから感染者が鰻上りに増えはじめ
高齢者の不要不急の外出を控えるようにとの要請が出た。
もちろん、人混みへの外出はしない。
けど、マスクを着けて、
人との距離を適切に保つことを心がけ、
不特定多数の人が触る場所には極力手を触れないようにして
除菌の手ふきシートを持っての外出は続けている。
足腰の弱りは、高齢者にとって命取りだと思う。
生活の質、Quality of life が著しく下がる。
それは生きる力に繋がっていく。
つい2、3日前、懐かしい人にばったり出会った。
母より少し年下の方で、趣味を通じて知り合った女性だ。
海外旅行が好きで、よくお会いしていた20数年前には
体力づくりにと週に数回、1000〜1500メートルを泳いでおられた。
その方も、今、注意を払いながら外出していると仰っていた。
数年前、膝を痛めて歩けない時期があって
記憶力や思考力が如実に衰えていくのを感じたそうだ。
「閉じ篭るというのもね、年寄りには危ないのよ」と仰った。
今も、脚力をつけるために水中ウォーキングを続けておられるという。
その方に2年ほど前にもお会いしたのだが、
ちょうど水中ウォーキングのためにプール通いを再開された時期だった。
そのときは、すこしお老けになったかなと感じたのだが、
2、3日前のこの日は、昔ながらのエネルギッシュな笑顔が戻っていた。
母といい、この女性といい、もと無頼の殿方といい。
足腰の弱りは老化を進める、という話を思った。
ほんの少しのきっかけで、老け込んでも行くし、若返りもする。