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ぱんせどフランセ

思いつくまま、たまに仕事のことなども。

福祉の現場に生きる人たちへのインタビューをもとに書いた
ルポルタージュ「日々を織る」も連載しています。
社会のインフラとして vol.12|日々を織る
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    ☆「日々を織る」福祉の現場に生きる人たちのルポルタージュ☆

     

     

    Person 5   荒井 恵一さん

     

    社会のインフラとして

     

      序・大阪で社会事業を先駆した創設者

      進路を変えた人との出会い

      背中を見て仕事を教わる

      2人の師匠と、仕事に対する執念

      物事を動かしていく情熱

      機会を逃さず

      モチベーションの継続

      職員たちの力を育てる土壌

      地域の中に

      生活のお守り

     ⅺ 何かあったらウチにおいで

     ⅻ さりげなく地域の中にある

     

     

    特別な人たちのための施設。

    そんなイメージを、誰にとっても身近なものに変えたい。

    生活の中で不具合を感じたり、困ったなと思ったりした時、

    何かいい解決法を見つけようとちょっと相談に行く先。

    そんな風に、地域の人の意識の中に置かれたい。

     

    「将来的には施設が無くなってもいいと思う。

     機能だけを残して、“今ある施設という形”は無くなってもいい、

     施設の機能が町の中にあれば。

     たとえば老人の施設であれば、

     独り暮らしが難しくなった、

     家族でお世話できなくなったという時、

     地域の中にお世話できる場所があればいい。

     もちろん、今の施設と同じだけの信頼性や専門性は

     何らかの形で担保しなければいけないだろうが」

     

    “福祉施設”ではなく“福祉事業”と

    自分たちの役割の呼び方を変えることで、

    その仕事の本質が伝わりやすくなるのではないかと

    考える荒井さん。

     

    制度によって整えられた環境や条件に裏付けられた

    専門性、信頼性をもった福祉事業の専門家を

    もっと様々に、上手に活用してもらいたい。

    そのために、自分たち事業者の方からもっと呼びかけて、

    誰にとっても近い存在、生活の中に、

    さりげなくある存在になるように

    地域の中に溶け込んで行く。

     

    そのために、自分たちが果たしている機能を

    どう地域の中に広げていくか。

     

    役に立つ情報を提供する。

    一人ひとりに適切な困りごとの解決方法を見つける。

    解決方法を実践するための知識、技術、環境を提供する。

    そういった機能を果たすための場を

    もっと地域の中に広げていく。

     

    喉が痛い、熱っぽい、ちょっと咳が出る。

    これは風邪かもしれないと思った時、

    近所の診療所に行って、こじらす前の予防をするように、

    生活の中の不具合や困りごとについても

    早い段階で相談に行く場所がある。

    そんな存在があれば地域の人は安心で、

    それこそ、生活のお守りとしての福祉の役割だ。

     

    「予防的な役割も果たしていきたい。

     自分はまだ制度を使うほどでもないと思う人が、

     ほんとうに困窮する前に相談できる相手があればもっといい。

     そういう役割を果たしていくことが、

     自分たちのこれからの課題だ」

     

    気構えずに相談することで使える制度が見つかることもある。

    近所の助け合いで、抱えている荷が軽くなることもある。

    地域自治会の一員としてあるのは、

    制度の前に、顔と顔の見えるご近所さんどうしで

    助け合っていくためだ。

     

    女性の自立を支えるためにミシンを買い入れ技術を教えた。

    それが八尾隣保館の始まりだ。

    それを受け継ぎ、残していくことが

    5代目理事長を務める荒井さんの使命だ。

    いかに地域に喜んでもらえるか、

    地域と一緒にあって、

    地域で困っている人を支えていくために何をするか。

     

    「何かあったら、ウチにおいで」という

    町内のお節介な、世話焼きのおばあちゃんみたいな存在。

    そんな親しみやすさで地域の人たちの安心な生活を支えていく。

     

    普段の暮らしを安心して続けていくためのセーフティネット。

    そのセーフティネットの前の、プレセーフティネットをつくる。

    地域の人の中に溶け込み、困りごとの芽に気づく。

    ニーズを掘り起こし、事業としての自由な発想で、

    やわらかに、さりげなく、地域の人の生活をサポートしていく。

     

    「福祉は社会のインフラ」と荒井さんは言う。

     

    この福祉事業、福祉のサービスがあってよかった、と

    地域の人に思ってもらえるように、

    培ってきたノウハウで地域の土壌を豊かに耕していく。

    いろんな人が、福祉の事業、サービスを使いこなしている。

    そんなやさしい地域で暮らすっていいなと、そう思う。

     

                            <終>

     

                                                               

                   次回 「コラム  気づくということ」へ

     

     

    協力:社会福祉法人 八尾隣保館

    コーディネーター:社会福祉法人 産經新聞厚生文化事業団

     

     

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    JUGEMテーマ:社会福祉

    | ☆ルポルタージュ「日々を織る」Person5 | 09:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
    社会のインフラとして vol.11|日々を織る
    0

       

      ☆「日々を織る」福祉の現場に生きる人たちのルポルタージュ☆

       

       

      Person 5   荒井 恵一さん

       

      社会のインフラとして

       

        序・大阪で社会事業を先駆した創設者

        進路を変えた人との出会い

        背中を見て仕事を教わる

        2人の師匠と、仕事に対する執念

        物事を動かしていく情熱

        機会を逃さず

        モチベーションの継続

        職員たちの力を育てる土壌

        地域の中に

        生活のお守り

       ⅺ 何かあったらウチにおいで

       ⅻ さりげなく地域の中にある

       

       

      福祉施設は身近にあって便利に使える生活のお守り。

      ちょっと困ったことがあったり、

      生活をステップアップしたかったり、

      何かしら自分の生活に良い変化を起こしたい時に

      その知恵や方法を見つけに行く所。

      地域の人から、自分たちの存在について

      そんな風に覚えてもらいたい。

       

      「八尾隣保館は名前の通り、もともとは隣保事業。

       何かあったらウチにおいで、というのが始まり。

       そして相談に来た一人ひとりの人の

       困りごと、状況に合った対応を提供していた。

       今、制度の中にあって、その当時のような自由さはないが

       その本来の姿、施設ではない、

       創設者中村三徳が続けていた、

       事業としてサービスを提供していくという感覚がいい」

       

      病院に入院する時、入院自体が目的ではない。

      治療のために医者に会い、診断を受け、

      適切な処方を決めて進めていく。

      荒井さんが言う、福祉の事業も同じことなのだ。

       

      離婚しようとしている、離婚した女性がいるとする。

      子どもとの新しい生活を始める時、

      その環境をどう整えていくか。

      『そうだ、とりあえず八尾隣保館に話しに行こう』と

      地域の身近な所に相談できる場所があったことを思い出す。

      その時の目的は、施設への入所には限らない。

      今の自分と子どもにとって適切な手立てを見つけることだ。

      施設への入居がその時の望ましい方法ならば、

      サービスとして施設の居室を使う。

       

      施設という形が事業の実体なのではなく、

      母子のこれからの生活設計のために

      知識、情報、技術、設備や機能を提供していくことが

      福祉施設の本質だ。

       

      「自分たちが使えること、サービスがある所。

       役に立つ何かを提供する事業を行っている所。

       自分がいま抱えている問題を解決するための

       プログラムを提供してくれる場所と思われるように、

       施設のノウハウを地域に向けてオープンにしていく」

       

      その取り組みやビジョンを表す一つの方法として

      2016(平成28)年1月から、

      母子生活支援施設『八尾母子ホーム』を

      『ルフレ八尾』に改称した。

      実はこの『八尾母子ホーム』という呼称も、

      1941(昭和16)年に、

      『八尾母子寮』から改称したものだ。

      時代の中での親しみやすさを表してきた名前だが、

      母子ホームと限定した呼び名を改め、

      イメージをぐっとオープンに広げた。

      母子支援施設『八尾母子寮』を『ルフレ八尾』に改称した。

      母子寮と限定した呼び名を改めただけで、

      イメージがぐっとオープンに広がった。

      その、イメージのオープンさが地域との垣根を低くしていく。

      身近にある、何かあったら、とりあえず話をしに行く所。

      そんな親しみやすさも生まれたのではないだろうか。

       

                                                                 

                  次回 「ⅻ さりげなく地域の中にある」へ

       

       

      協力:社会福祉法人 八尾隣保館

      コーディネーター:社会福祉法人 産經新聞厚生文化事業団

       

       

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      JUGEMテーマ:社会福祉

      | ☆ルポルタージュ「日々を織る」Person5 | 09:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
      社会のインフラとして vol.10|日々を織る
      0

         

        ☆「日々を織る」福祉の現場に生きる人たちのルポルタージュ☆

         

         

        Person 5   荒井 恵一さん

         

        社会のインフラとして

         

          序・大阪で社会事業を先駆した創設者

          進路を変えた人との出会い

          背中を見て仕事を教わる

          2人の師匠と、仕事に対する執念

          物事を動かしていく情熱

          機会を逃さず

          モチベーションの継続

          職員たちの力を育てる土壌

          地域の中に

          生活のお守り

         ⅺ 何かあったらウチにおいで

         ⅻ さりげなく地域の中にある

         

         

        職員たちが地域の中へ入っていくことで

        地域の人たちとの顔と顔の見える関係を築く。

        そして地域の人たちが施設の中に入る機会をつくり

        地域と施設の垣根を取り除いて、

        地域の人たち共有の場であるという

        意識や感覚を育て広げていく。

         

        施設は特別な人たちのための建物ではなく

        地域の人皆に開かれた場。

        生活をしていく中で表れる困りごとの解決方法を

        見つけるためにある。

         

        もっと、もっと、身近な存在に。

        何かがあった時、困った時に、

        ちょっと話をしにいってみようと顔を出す。

        何かがあった時に、使える、そんな存在。

        言うならば、生活のお守り。

         

        不具合を感じる現状を変えたい、

        自分の生活をステップアップしたい、

        そのために使える存在が身近にある。

        福祉施設について、そんな意識や感覚を持ってもらいたい。

         

        「自分が変わらなければ、人を変えられない」。

        理事長を務める法人で、

        会長役を担う地域の施設長会で、

        何か事を動かす時、先ず手始めに行ったのは

        自分たちの中に新しい意識を育てることだった。

         

        では、地域の人たちの中に

        福祉施設についての新しい意識や感覚を育てるために

        自分たちはどう変わるのか。

        まず言葉、呼び方を変えてはどうだろうかと

        荒井さんは言う。

         

        「福祉施設という呼び方が、

         どこか特別な印象を与えるんじゃないかと思うんです。

         特別な人たちが使う所で、

         自分たちとは別の所にあるもののように感じてしまう。

         だから施設という言葉ではなく、

         事業という言葉にした方がいいのかもと考えているんです」

         

        福祉施設という言葉を聞くと、どうしてもそれに続いて

        “入る” “出る”という言葉が浮かんでくるものだ。

         

        ここに離婚した、離婚しようと女性がいるとする。

        子どもと自分の新しい生活への支援を求めて相談に来る。

        提示された支援策が“母子生活支援施設”に入る事だった。

        そこで、二の足を踏んでしまう女性の数は少なくない。

        たとえば離婚の原因に多いDV。

        苦労して、やっとの思いでDVの夫から離れたと思ったら

        今度は福祉施設に入るのか…と。

        これからの生活にあったはずの自由と希望、

        のびのびとした明るさに満ち溢れていた気もちが

        曇ったり、萎えたりしてしまう。

        人の心の有り様として、それも自然な反応ではないだろうか。

         

        けど、それが福祉事業という言葉になるとどうだろう。

        離婚して母子の生活を始めるにあたって

        母子生活支援事業者の支援を受ける。

        もう少し言葉を進めれば、母子生活支援事業者に相談して

        よりよい福祉サービスを提供してもらう。

        その選択肢の一つとして、母子生活支援施設の利用がある。

        こうなると、形としては同じ“施設”での暮らしであっても、

        どこか印象が違う。

         

        不具合を感じる現状を変えるために、

        自分の生活をステップアップするために、使える存在。

        生活のお守りとしてある、という感覚を

        人の気もちの中に置くための小さな、けれど確かな一歩だ。

         

                                                                   

                  次回 「ⅺ 何かあったらウチにおいで」へ

         

         

        協力:社会福祉法人 八尾隣保館

        コーディネーター:社会福祉法人 産經新聞厚生文化事業団

         

         

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        JUGEMテーマ:社会福祉

        | ☆ルポルタージュ「日々を織る」Person5 | 06:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
        社会のインフラとして vol.9|日々を織る
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          ☆「日々を織る」福祉の現場に生きる人たちのルポルタージュ☆

           

           

          Person 5   荒井 恵一さん

           

          社会のインフラとして

           

            序・大阪で社会事業を先駆した創設者

            進路を変えた人との出会い

            背中を見て仕事を教わる

            2人の師匠と、仕事に対する執念

            物事を動かしていく情熱

            機会を逃さず

            モチベーションの継続

            職員たちの力を育てる土壌

            地域の中に

            生活のお守り

           ⅺ 何かあったらウチにおいで

           ⅻ さりげなく地域の中にある

           

           

          特別養護老人ホーム施設長会の15施設が連携しての

          中間的就労実行の力にもなった職員たちの自主性。

          それはCSW(Community Social Worker)として

          地域と繋がって活動し、知見を広める中での

          気づきによって育ったところも大きい。

           

          地域の中に福祉事業の専門家である自分たちがいる意義は、

          誰にとっても暮らしやすい町の姿をつくっていくことにある。

          そのために創意工夫を重ねて、少しずつの変化を起こしていく。

           

          「これからの課題として、

           困っている人をどう見つけていくか

           ということがある」

           

          自分たちが考えだした八尾方式のレスキュー活動で

          自らがCSWとして地域の中に入っていくことで、

          職員たちは地域で困っている人を見つけてきている。

          肌で感じて気づく能力を育ててきている。

          地域の人から問題を教えてもらうこともできている。

          顔と顔の見える職員と地域の人の関係を糸口に、

          施設が困りごとについて知らせる相手、

          自分たちにとっても相談相手だという感覚が

          地域の人の中に生まれ始めている。

           

          「うちは母子、子ども、老人の施設事業をしているが、

           施設というハードにとらわれず

           もっともっと地域から気軽に相談してもらえるような

           存在になりたいと思っている。

           そのための窓口をもっと、つくっていかなければ

           ならないと思っている」

           

          今もそういった機能は制度的に整えられている。

          老人では、地域包括支援センターがあるし、

          子どもに関しては、家庭支援センターがある。

          ただ行政の支援センターという

          公的などこか改まったイメージとは少し違った、

          普段着の下駄履きで、ふらっと

          「ちょっと聞いてほしいことがあるんやけど」と

          顔を出せるような場を地域の中につくりたいのだ。

           

          「社会福祉協議会にも活動の許可をもらえれば、

           うちの施設にもそういう機能を付帯させて

           地元の地域に開いた事業を展開していける」

           

          地元の地域に開いた事業。

          それは大阪全域、日本全域、さらにはアジアの地域を対象に

          困窮者の支援に尽力し続けた後、

          自分の地元である八尾の農村地帯の隣保事業に打ち込みたいと

          私財を投じて八尾隣保館を創設した中村三徳の志に通じる。

           

          「地域の自治会に入って、職員たちが参加しています。

           町内会の地域規模で、顔と顔を合わせて

           住人同士の関係をつくっている」

           

          地域からの信頼を得ることは、仕組みづくりを越えた、

          人と人との繋がりとしての関係を築くことだ。

          住人同士の気心の知れた関係の先に生まれる気安い関係。

          その先に、特に気構えることなく育っていく

          地域の中に施設が入り、施設の中に地域が入って来れるような

          隣近所の付き合い方。

           

          自治会の会場として施設を貸すことで、

          地域の人に出入りしてもらう機会もつくっている。

          『今度の寄合い、お宅の施設でできないやろか』と

          自治会の人たちの口から気軽に出るようになれば、

          地域の人にとっての共有の場として

          施設が地域の中に居場所を広げていくことだ。

           

          地域の人の共有の場、地域活動の核となっている

          コミュニティセンターとも繋がって、

          施設は地域の中の開かれた場、

          隣近所の助け合いのためにもある場だと

          顔と顔の見える関係づくりも続けている。

           

                                                                     

                           次回 「 生活のお守り」へ

           

           

          協力:社会福祉法人 八尾隣保館

          コーディネーター:社会福祉法人 産經新聞厚生文化事業団

           

           

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          JUGEMテーマ:社会福祉

          | ☆ルポルタージュ「日々を織る」Person5 | 10:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
          社会のインフラとして vol.8|日々を織る
          0

             

            ☆「日々を織る」福祉の現場に生きる人たちのルポルタージュ☆

             

             

            Person 5   荒井 恵一さん

             

            社会のインフラとして

             

              序・大阪で社会事業を先駆した創設者

              進路を変えた人との出会い

              背中を見て仕事を教わる

              2人の師匠と、仕事に対する執念

              物事を動かしていく情熱

              機会を逃さず

              モチベーションの継続

              職員たちの力を育てる土壌

              地域の中に

              生活のお守り

             ⅺ 何かあったらウチにおいで

             ⅻ さりげなく地域の中にある

             

             

            特別養護老人ホーム施設長会には

            中間的就労よりも先に取り組んできた

            社会貢献事業がある。

            CSW(Community Social Worker)による

            生活困窮者レスキュー活動だ。

             

            生活困窮者レスキュー活動というのは、

            『今日、明日食べるものが無い』

            『電気、ガスが止まってしまった…』など、

            様々な生活SOSに対応する総合生活相談事業のことで、

            平成16年から大阪府下で地域の相談支援として始まった。

             

            それが事業開始から5年くらい経った頃、

            この相談事業への府からの補助金が無くなる可能性が出てきた。

            そうなると各施設のCSWを支援するために

            大阪府社協から府下の各地域に配属されていた

            社会貢献支援員がいなくなる。

            八尾市も例外ではなかった。

            それまで各施設のCSWと一緒に動いていた社会貢献支援員に

            仕事を続けてもらうことはできなくなる。

            制度だけでは行き届かないところをカバーするこの活動を

            何とか続けていけないだろうかと施設長会で議論していたら、

            現場の職員たちからぜひ続けていきたい、

            私たちで続けていくための方法を考えたと声があがった。

             

            ◎15施設を3班に分けて各班に輪番制で幹事施設を設ける。

            ◎相談案件が入った施設が所属班の幹事施設に連絡する。

            ◎幹事施設、他の2施設のどちらかが同行して訪問する。

             

            とシステムを考え、さらには、

             

            ◎2施設のペアで行うことで相談に客観性を保ち、

              確認しあいながら進めていける。

            ◎幹事施設による調整によって、

              偏りなく負担と経験をシェアできる。

            ◎たとえば相談者がDV被害の女性の場合には

              男女のペアで訪問することで相談者の気もちを和らげる。

             

            と、システムの利点や相談者への細やかな配慮もあった。

            もちろん相談が入った時点から完了まで

            施設長会への経過報告を行い承認を得て進めていく。

            職員たちからのこの提案を受けた施設長会は

            後押しすることに決めた。

            必要な経費は施設長会から捻出していくとも決めた。

             

            「職員たちの自主性と施設長さんたちの理解。

             何と言っても、この2つがあってできた事業です」

             

            地域社会のために自分たちができることをする。

            そのための知恵と工夫が職員たちから自主的に出てきた。

            しかもその事業が自分たちの経験を豊かにするという

            将来への広がりまで含んでいる。

            会の発足から20年以上続けてきた

            職員ぐるみの施設間の交流が土壌となって生まれた事業。

             

            果たして府からの補助金は打ち切りとなった。

            大阪府社会福祉協議会から府下の地域に配属の

            社会貢献支援員は47名前後から12名程度に削減となった。

            その12名についても、人件費を

            有志の12法人程が2年間くらい出し合ったり、

            国に直接助成の嘆願運動を行って

            期限付きの補助金を確保したりと、

            5年間ほど何とかやりくりしての継続だった。

            現在は、大阪府下にある老人、児童、障害の

            全種別の施設が協力して特別会費を出し合って

            その費用を捻出している。

             

            そういう背景の中、地域社会への貢献として

            今、八尾市では生活困窮者レスキュー活動を

            2本のパイプで行っている。

             

            「地域の15施設が同じ方向を向いて

             地元地域の福祉事業を進めていく大切さを言い続け、

             共有し続けてきたという背景があって、

             その中で職員たちが自分たちのしていることへの

             やり甲斐、手応えを感じてきたことが

             自然と自主性に繋がったのではないか」

             

            やり甲斐と手応え、いわば仕事の醍醐味。

            その醍醐味を感じられる土壌によって育った職員たちの力が、

            今度はその土壌を肥沃にしていく。

             

            職員たちからの提案で始まった

            八尾方式の生活困窮者レスキュー活動。

            その活動は地域の人の役に立ちながら

            職員たちの経験を豊かにしている。

             

            CSW(Community Social Worker)として

            地域の中で活動していくことでは、

            職員たちにとっての気づきの機会となった。

            相談者の日常生活を垣間みることで、

            職員が肌で感じた相談者の生活感が

            問題の表層の下にある様々な事情に

            想像力を働かせるというのだろうか。

             

            「いろんな対象者と触れ合う中で、

             やっぱり雇用という問題がありますよね、と

             職員自身が考え始めた」

             

            それをどうすればいいのだろうかと、

            職員たちはそれぞれ自分の施設にその問題を持ち帰った。

            施設長たちは、もとよりそれを理解しているわけで、

            職員たちの中からそういった声が上がってきたことで、

            15の施設すべてが自立支援機関の認可を取って、

            連携して中間的就労をやっていこうとなった。

             

                                                                       

                           次回 「 地域の中に」へ

             

                                                   次回の更新は1月10 日です。

             

             

            協力:社会福祉法人 八尾隣保館

            コーディネーター:社会福祉法人 産經新聞厚生文化事業団

             

             

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            JUGEMテーマ:社会福祉

            | ☆ルポルタージュ「日々を織る」Person5 | 08:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
            社会のインフラとして vol.7|日々を織る
            0

               

              ☆「日々を織る」福祉の現場に生きる人たちのルポルタージュ☆

               

               

              Person 5   荒井 恵一さん

               

              社会のインフラとして

               

                序・大阪で社会事業を先駆した創設者

                進路を変えた人との出会い

                背中を見て仕事を教わる

                2人の師匠と、仕事に対する執念

                物事を動かしていく情熱

                機会を逃さず

                モチベーションの継続

                職員たちの力を育てる土壌

                地域の中に

                生活のお守り

               ⅺ 何かあったらウチにおいで

               ⅻ さりげなく地域の中にある

               

               

              こうなればいいと思い描く地域の姿をつくるために

              八尾市の特別養護老人ホーム施設長会の15施設が

              一丸となって取り組み始めた中間的就労の事業。

              思い描くその地域社会の姿の実現に向けて

              皆が足並みを揃えて活動を継続していくことは

              動き始めるまでよりも、ある意味、

              もっとエネルギーを必要とするのかもしれない。

              皆で一緒にやっていくためのモチベーションを

              どうやって保ち続けていくのか。

               

              なぜ、それをしているのか。

              それによって、起こそうとした変化は

              ほんとうに起こっているのか。

              その手応えを、感じていくことだ。

               

              「同じことの繰り返しになっても

               皆さんと顔を合わせるたびに 

               この取り組みによってどんな変化があったか、

               先ず、施設がどう変わるかお知らせしています」

               

              地域社会への貢献活動として続けている

              中間的就労事業は、また、

              それぞれの施設にとってのプラスの力にもなっている。

               

              中間就労で施設に来ている人が

              担当した仕事、たとえば掃除をきちんとしたら、

              職員はありがとうと感謝の気もちを伝える。

              感謝された当事者は、まず嬉しい。

              自分の仕事で喜んでくれる人がいることを知ってやる気が出る。

              だから職員たちは積極的に、

              当事者に対してあなたと、あなたの労働のおかげで

              私たちは助かっているという感謝を表現する。

              そうすると、今度は、当事者たちが

              ありがとうと職員に言葉を返して、

              ありがとうのキャッチボールになる。

              ありがとうのキャッチボールの中で

              働くことの楽しさを感じ、

              人とのコミュニケーションを体験し、

              自分のできる力に気づいて自信をもった当事者は、

              自然と一般就労へと歩みを進めていく。

               

              仕事のスキルだけでなく

              人と関わり働くということを身につける環境をつくる。

              自立支援機関としてのこの取り組みの中で職員たちは、

              コミュニケーションの難しい人たちとの関わり方を身につけ、

              さらにその家族とのコミュニケーションも

              うまくできるようになっている。

              そういった2次的なプラス面。

              知らず知らずにソーシャルワークの一端を担う

              支援のスキルを高める機会にもなっている。

              そんな施設にとってのプラスもきちんと伝えていく。

               

              15施設それぞれが、各自の理念やビジョンにそって

              事業を推進していく中で貴重な人材と時間を注ぐのだから、

              その活動は施設にとっても

              実りのある有意義なものだと思ってもらえるように、

              何度でも丁寧に伝え続けることで足並みを揃えて

              進んでいくためのモチベーションを保ち続けている。

               

                                                                         

                      次回 「 職員たちの力を育てる土壌」へ

               

               

              協力:社会福祉法人 八尾隣保館

              コーディネーター:社会福祉法人 産經新聞厚生文化事業団

               

               

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              JUGEMテーマ:社会福祉

              | ☆ルポルタージュ「日々を織る」Person5 | 08:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
              社会のインフラとして vol.6|日々を織る
              0

                 

                ☆「日々を織る」福祉の現場に生きる人たちのルポルタージュ☆

                 

                 

                Person 5   荒井 恵一さん

                 

                社会のインフラとして

                 

                  序・大阪で社会事業を先駆した創設者

                  進路を変えた人との出会い

                  背中を見て仕事を教わる

                  2人の師匠と、仕事に対する執念

                  物事を動かしていく情熱

                  機会を逃さず

                  モチベーションの継続

                  職員たちの力を育てる土壌

                  地域の中に

                  生活のお守り

                 ⅺ 何かあったらウチにおいで

                 ⅻ さりげなく地域の中にある

                 

                 

                荒井さんは、特別養護老人ホーム施設長会の会長とは

                別の、ある施設連絡会の会長をしている。

                大阪府の社会福祉協議会の呼びかけで、

                府下の市町村に、老人、児童、障害という

                種別を越えた組織が作られた。

                福祉事業を専門とする施設を活動拠点として

                各地域内の児童委員や民生委員と協働して

                地域福祉を活性化することが目的だ。

                 

                八尾市の老人福祉分野の代表になるよう要請を受けた時、

                もう充分に事業を抱えている状況で引き受けるのは

                正直なところ、荷が重かった。

                けど、実際に事業を始めてみると手応えがあった。

                 

                「もう少しがんばれるんじゃないかと思い始めた。

                 地域の困りごとを軽減していくために、

                 市の社協と協力しながら我々の手で

                 何とかできるんじゃないかと思えることが浮かんできた」

                 

                民生委員の人たちと会合や研修を重ねるうちに、

                施設の中からでは見えなかった地域の姿が見えてきた。

                地域の人の参加を募るセミナーを開くなど

                コンスタントな活動を続けていく中で、

                普段、福祉の施設や事業に関わりのない人たちにも

                来てもらえるような市民フォーラムを

                開けないだろうかという話が持ち上がった。

                 

                「自分たち地域連絡会のことを知ってもらえて、

                 地域の人たちにも密着したテーマで…と

                 企画を練るうちに、そうだ、市長が来てくれたら、

                 市民の人も関心を持って集まってくれるんじゃないかと」

                 

                市社協に繋いでもらい市長からの快諾を得て実現した。

                フォーラムへの参加者の4分の1が

                施設など事業の関係者ではない、地域の人たちだった。

                フォーラムの最後に荒井さんは

                中間的就労の構想について話した。

                 

                生活困窮者支援法が制定される前で、

                時期尚早ではないかと懸念の声もあった。

                しかし、福祉事業関係者だけでなく地域の人たちにも、

                中間的就労に対する思いを

                自分の声で直接伝えられる機会だった。

                市の政策ではなく、あくまでも自分の私案であることを

                きちんと伝えるからと、その機会を逃さなかった。

                 

                「15施設ががんばって

                 中間的就労の訓練の場になります。

                 社協がその対象者を連れてきてくれたら

                 一つひとつの施設が、がんばってトレーニングをして、

                 一般就労に結びつくようにしていきます」

                 

                それによって、困窮している人たちの生活がどう変わるか、

                それによって地域の姿がどう変わっていくか。

                地域の資産である福祉施設が、

                地域のためにどう生かされていくのか。

                八尾市の特別養護老人ホーム15施設が一丸となって

                取り組んでいる活動について

                荒井さんはその情熱をぶつけた。

                 

                                                                           

                           次回「 モチベーションの継続」へ

                 

                 

                協力:社会福祉法人 八尾隣保館

                コーディネーター:社会福祉法人 産經新聞厚生文化事業団

                 

                 

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                JUGEMテーマ:社会福祉

                | ☆ルポルタージュ「日々を織る」Person5 | 09:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
                社会のインフラとして vol.5|日々を織る
                0

                   

                  ☆「日々を織る」福祉の現場に生きる人たちのルポルタージュ☆

                   

                   

                  Person 5   荒井 恵一さん

                   

                  社会のインフラとして

                   

                    序・大阪で社会事業を先駆した創設者

                    進路を変えた人との出会い

                    背中を見て仕事を教わる

                    2人の師匠と、仕事に対する執念

                    物事を動かしていく情熱

                    機会を逃さず

                    モチベーションの継続

                    職員たちの力を育てる土壌

                    地域の中に

                    生活のお守り

                   ⅺ 何かあったらウチにおいで

                   ⅻ さりげなく地域の中にある

                   

                   

                  「何とか物事を動かすには、

                   どこから取りかかっていこうかとか、

                   情熱を持ってやっているというのは、

                   お二人どちらも一緒だということはよく分かった。

                   人は情熱を持って動かなきゃ

                   ついて来てくれないという感覚を

                   どちらもお持ちだった。

                   その情熱の凄さに

                   時には後ずさりするようなこともあったが、

                   人を動かし、物事を動かすには、

                   それほどの情熱が必要なのだと。

                   今になって考えれば、そういう気もちになる」

                   

                  発想を計画に育て行動に移す術と、

                  それにかける情熱の凄まじさ。

                  師匠と思う2人の人物の背中に学んだ

                  仕事に対する姿勢、執念。

                  それは今、荒井さんの中に生き続けている。

                   

                  八尾市には地域ぐるみで

                  お年寄りの生活の質を良くしていこうと立ち上げた

                  「八尾市特別養護老人ホーム施設長会」というものがある。

                  八尾市にある15の老人施設が集まる会で、現在の会長は

                  立ち上げ時に事務局を担当していた荒井さんだ。

                  施設同士がオープンに話し合える関係を作っていこうと、

                  施設長間の繋がりにとどまらず、

                  施設の別を越えた職員同士の

                  顔の見える関係づくりにも力を入れてきた。

                   

                  当初は交換研修として始まった全施設合同による

                  職員研修会は20年以上続いている。

                  現在は、テーマ別研修として

                  『褥瘡(じょくそう=床ずれ)を防止するポジションング』

                  『高齢者の人権擁護、身体拘束防止』など

                  支援現場に身近なスキルや意識を共有しながら育てている。

                   

                  この、当初から20年以上続けて来た職員研修会の結果、

                  今集まっている15施設長をはじめ、

                  各施設の職員たちが気軽に連絡を取り合う関係ができていて、

                  垣根を越えて、ざっくばらんに悩みを共有し、

                  八尾市全体の施設が一緒になって、

                  事業の質を上げていく取り組みを推進している。

                   

                  その取り組みの一つに、中間的就労の推進がある。

                  中間的就労というのは、

                  今すぐには会社やお店などでの一般就労が難しい人たちに

                  訓練を兼ねた就労の機会を提供する事業のことで、

                  荒井さんが理事長を務める八尾隣保館を含む

                  「八尾市特別養護老人ホーム施設長会」の15施設はすべて

                  自治体から自立支援機関としての認可を受けている。

                   

                  この15施設すべて揃っての中間的就労の実現に対して

                  荒井さんには強い思いがある。

                  それこそ、大阪、東京の2人の師匠から譲り受けた

                  仕事に対する執念だ。

                  八尾隣保館一施設だけで行うのではなく、

                  15の施設が一斉に取り組み、そういう地域社会の姿をつくる。

                  働きたいと思う誰にもチャンスがあるような

                  地域社会の姿をつくることが、地域の中で

                  福祉事業を行っていることの価値の一つではないか。

                  その実現のために、15施設長皆で志を共有できるまで

                  皆が集まるたびに伝え続けてきた。

                   

                  会のメンバーは全員、それぞれ施設の長だ。

                  各自のビジョンがあり、考えがある。

                  その人たちに一つの志、ビジョンを共有し

                  足並みを揃えて動いてもらうために、

                  資料を配り、何故、それをするのか、

                  それをすることによってどんな変化を起こそうとするのかを

                  納得し、ご自身の考えともしてもらえるまで

                  何度も、何度も説明した。

                   

                  また、この中間的就労事業の実現に向けての

                  荒井さんの執念が表れるこんな出来事があった。

                   

                                                                             

                                     次回 「 機会を逃さず」へ

                   

                   

                  協力:社会福祉法人 八尾隣保館

                  コーディネーター:社会福祉法人 産經新聞厚生文化事業団

                   

                   

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                  JUGEMテーマ:社会福祉

                  | ☆ルポルタージュ「日々を織る」Person5 | 09:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
                  社会のインフラとして vol.4|日々を織る
                  0

                    ☆「日々を織る」福祉の現場に生きる人たちのルポルタージュ☆

                     

                     

                    Person 5   荒井 恵一さん

                     

                    社会のインフラとして

                     

                      序・大阪で社会事業を先駆した創設者

                      進路を変えた人との出会い

                      背中を見て仕事を教わる

                      2人の師匠と、仕事に対する執念

                      物事を動かしていく情熱

                      機会を逃さず

                      モチベーションの継続

                      職員たちの力を育てる土壌

                      地域の中に

                      生活のお守り

                     ⅺ 何かあったらウチにおいで

                     ⅻ さりげなく地域の中にある

                     

                     

                    20代の頃、進路の決め手は人との出会いだった。

                    行く道を示すように訪れた人との出会い。

                    その出会いを引き寄せてきたのは何か。

                     

                    プレハブでの面接、断わってもよかったけど、

                     この人と仕事をしたいと、直感的に思った。

                     何か、そういう、この人と関わっていきたいという直観に

                     素直に従ってきたことが、人との縁を繋いできました」

                     

                    荒井さんにとって、道とは人との関わりそのものだった。

                    この人と関わっていきたい、そう感じる自分の心に素直に従う。

                    そうやって理屈抜きで選んだ道で、

                    大阪に一人、東京に一人、今も師匠と呼ぶ人物を得た。

                    一人は、率直すぎるほど率直に、

                    ガンガン叱り、考えをぶつけてくる人。

                    一人は、論理的に思考の筋道を説き、納得させる人。

                    まったくタイプの異なるこの2人に共通していたのは、

                    仕事に対する執念、粘り強さだった。

                    自分がこうだと信じることを、何度も、何度でも、

                    ことあるごとに繰り返し、繰り返し、話す。

                    「若かった当時は、うるさいなあ、と思いながら

                     聞いてることもありましたけど、

                     2人とも、ともかく仕事に対する執念が凄かった」。

                     

                    自分が為そう、為さねばならないと思ったことは、

                    けして投げ出さす、やり通す。

                    そのために志を共にし、動く人を得るために、

                    相手がなるほどと得心するように、

                    そしてそれが相手の五臓六腑に染み込むまで、

                    伝える、伝え続ける、伝えきる。

                    2人の師匠に共通していた仕事に対する執念を、

                    目に見える姿で表現すればそういうことだろう。

                    そして、その姿の軸となったのは、

                    自分を信じる心だったのではないだろうか。

                     

                    東京の全国社会福祉協議会での2年間を終えて戻って来た

                    荒井さんに、坂江さんはそれまで自分がしていた

                    理事会の仕事を任せた。

                    師匠の背中を、より近くで見ることになったわけで、

                    「よく叱られました」という坂江さんとの間には

                    数えきれない話があることだろう。

                    その中の一つに、こんなエピソードがある。

                     

                    法人が立ち上げた新しい事業を担当したばかりの頃だった。

                    同じ業界の先輩と、考え方の不一致があった。

                    その人の考えを否定するのではなかったが、

                    荒井さん自身がその考えに乗って活動する気にまではなれず、

                    少し距離をとった。

                    その態度が相手を怒らせた。

                    荒井さんへの期待の大きさの反動だったのかも知れないが、

                    坂江さんにまで、荒井さんに対する非難を行った。

                    坂江さんはきっぱりとした態度で荒井さんを擁護した。

                    飾ること無く自分の意を表す坂江さんのそれは、

                    啖呵を切ったと言えるほどの強い態度だった。

                    そのいきさつを耳にした荒井さんは考え込んだ。

                    任せられた事業の先行きを思い、

                    こじれてしまった人間関係をこれからどうしていくか

                    考えあぐねた。

                     

                    「それで、先代に『僕は誰を信頼して

                     仕事を進めていけばいいんでしょうかね』

                     というようなことを、ちょっと言ったんです。

                     先代のことやから、

                    『俺のことを信じたらええんちゃうんか』

                     と言うと思ってたんだけど、

                    『自分を信じたらいいじゃないか』

                     と言われて、それで、ちょっと意を強くして、

                     自分の判断に従うということを考えるようになりました」

                     

                    『自分を信じたらいいじゃないか』と言った

                    先代のその言葉こそが、

                    荒井さんが、師匠と尊敬する2人の

                    仕事に対する執念の正体ではないだろうか。

                     

                    人を動かし、変化を起こしていく仕事への執念。

                    先代の後を継いで理事長になった荒井さん、

                    トップの仕事は判断そのものだ。

                    「今、“長”として仕事をしている中でも、

                     基本的なことですが、

                     自分の判断を信じてやるということを大切さを、

                     教えてもらいました」

                     

                                                                               

                                 次回 「 物事を動かしていく情熱」へ

                     

                     

                    協力:社会福祉法人 八尾隣保館

                    コーディネーター:社会福祉法人 産經新聞厚生文化事業団

                     

                     

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                    JUGEMテーマ:社会福祉

                    | ☆ルポルタージュ「日々を織る」Person5 | 08:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
                    社会のインフラとして vol.3|日々を織る
                    0

                       

                      ☆「日々を織る」福祉の現場に生きる人たちのルポルタージュ☆

                       

                       

                      Person 5   荒井 恵一さん

                       

                      社会のインフラとして

                       

                        序・大阪で社会事業を先駆した創設者

                        進路を変えた人との出会い

                        背中を見て仕事を教わる

                        2人の師匠と、仕事に対する執念

                        物事を動かしていく情熱

                        機会を逃さず

                        モチベーションの継続

                        職員たちの力を育てる土壌

                        地域の中に

                        生活のお守り

                       ⅺ 何かあったらウチにおいで

                       ⅻ さりげなく地域の中にある

                       

                       

                      荒井さんを待っていた最初の仕事は、

                      増床のために改築中の母子寮での手伝いだった。

                      引っ越しの手伝いもした。

                      建設会社の人たちと話ができるよう、

                      設備など建築中の建物について理解することもした。

                      また、唯一の男性職員ということで、

                      母子寮で暮らす母親たちを守る役目もあった。

                      寮で暮らす女性の中には、サラ金の取り立てや

                      DVから避難してきた人もいた。

                      サラ金との交渉、暴力をふるう夫との交渉と、

                      女性たちを守る窓口として矢面に立った。

                      そして、母子寮で暮らす子どもたちが心身ともに

                      健やかに育っていくように補導も行った。

                       

                      母子が暮らす建物の整備、

                      トラブルの解決、

                      子どもたちの育成の手助け。

                      困っているお母さんたちの問題を解決する。

                      様々な面で、お母さんたちの力になる。

                      それが福祉だという意識は無いままに、

                      ただただ、毎日、現場で、それをする。

                      働いてみて駄目だと思えば、別の道を探せばいいと

                      思っていた福祉の仕事は、

                      仕事だと感じることもないほどに

                      荒井さんの日々を充たしていた。

                       

                      入職してから2年目、全国社会福祉協議会への

                      半年間の出向を命じられた。

                      配属された部署は、種別や専属を持たず

                      中之島と呼ばれる部署だった。

                      社会福祉協議会の職員2名と一緒に、

                      部門部署が明確でない仕事全般を担当していた。

                      その一つとして、ちょうどその頃立ち上げていた

                      全国経営者協議会の事務局の仕事があった。

                      荒井さんは、機関誌をつくるように命じられた。

                      全国の経営者向けの記事を企画したり、

                      原稿執筆の依頼をしたりと、

                      未経験ながら、会員たちに役立つ情報を届けようと

                      編集制作に勤しんだ。

                       

                      まだ、24、5歳の、経験の少ない若者が、

                      経営者というベテランの人たちが集まる

                      全国的な組織の立ち上げに携わった。

                      八尾隣保館で経理の仕事もしていたので、

                      自分にできることが一つ、しっかりとあったのが心強かった。

                      とは言え、ベテランの経営者を前にしての会計報告など、

                      ずいぶんとたどたどしいところもあったとは思うが、

                      ともかくも、できることをきちんとしながら

                      仕事の内容をバージョンアップしていった。

                       

                      「職員さんたちと、仕事を離れても飲みに行ったり、

                       コミュニケーションを重ねて、

                       無我夢中で、足りないところは覚えながら、

                       一つひとつの仕事をしていきました」

                       

                      経験が足りないのなら、やる気で補う。

                      やる気があって、酒が飲めて、人と積極的に繋がっていく。

                      型破りなような坂江さんの面接は、

                      実は、育てていきたいと思う若者の資質を見極める

                      肝を押さえていたのではないだろうか。

                       

                      さて、半年間の予定だったこの出向は、

                      実は2年間と大きく期間が延びた。

                      半年が経ったところで、社会福祉協議会の上司から

                      東京でもう少しやってみるか、大阪に戻るか訊ねられた。

                      周囲の理解が得られるなら、残りたかった。

                      会報誌の原稿も、起案書も、

                      真っ赤に朱入れをして返してくれるこの上司と

                      もう少し仕事をしたかった。

                      生まれて間もない経営者協議会をどう動かしていくか、

                      画期的なアイデアを考え、その実現のために

                      調査をし、交渉をする姿を見せてくれた。

                      その背中を見て、もっと学びたい、

                      この人たちとの仕事を続けたいと思った。

                       

                      仕事と、仕事を教えてくれる人との出会い。

                      この全国社会福祉協議会での2年間で得た

                      人との関係づくり、人との繋がりは、

                      荒井さんの宝であり、法人の財産だ。

                      三十数年経った今も、

                      この時一緒に仕事をした人たちとは繋がっている。

                      当時と同じように、今も

                      時に一緒に食事をし、酒を飲み、話をする。

                      日本の中央で国を相手に仕事をする人たちと、

                      地方の町の地域の中に根づいた現場を動かす人。

                      それぞれの位置から、今これからの福祉の姿を

                      ざっくばらんに話し合い、互いの仕事に生かしていく。

                       

                      八尾隣保館の坂江さん、

                      全国社会福祉協議会時代の松寿さん。

                      大阪と東京に、師匠と呼ぶ人を得た20代の頃。

                      その出会いを引き寄せてきたのは何か。

                       

                                                                                 

                            次回「 2人の師匠と、仕事に対する執念」へ

                       

                       

                      協力:社会福祉法人 八尾隣保館

                      コーディネーター:社会福祉法人 産經新聞厚生文化事業団

                       

                       

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                      JUGEMテーマ:社会福祉

                      | ☆ルポルタージュ「日々を織る」Person5 | 08:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
                      社会のインフラとして vol.2|日々を織る
                      0

                         

                        ☆「日々を織る」福祉の現場に生きる人たちのルポルタージュ☆

                         

                         

                        Person 5   荒井 恵一さん

                         

                        社会のインフラとして

                         

                          序・大阪で社会事業を先駆した創設者

                          進路を変えた人との出会い

                          背中を見て仕事を教わる

                          2人の師匠と、仕事に対する執念

                          物事を動かしていく情熱

                          機会を逃さず

                          モチベーションの継続

                          職員たちの力を育てる土壌

                          地域の中に

                          生活のお守り

                         ⅺ 何かあったらウチにおいで

                         ⅻ さりげなく地域の中にある

                         

                         

                         

                        八尾隣保館で仕事に就くまで、

                        荒井さんに福祉分野での経験はなかった。

                        高校時代に友人に誘われ

                        ボランティア活動に参加したことがあったが、

                        その時に感じた、してあげているという

                        参加者の雰囲気に馴染めなくて2、3度で止めた。

                        教員免許を取得していたし

                        いずれ教師になろうという気もちを持ちながら、

                        民間企業への就職を決めていた。

                         

                        そんな時、就職活動の中で友人に誘われて行った

                        大阪府の社会福祉協議会に預けてあった

                        履歴書を目にした先代理事長の坂江氏から連絡があった。

                        預かりはするが求人の可能性はほぼ無いと、

                        協議会事務所の人に言われていた履歴書を見たと

                        かかってきた電話。

                        話を聞いてみようと軽い気もちで会いに出かけた。

                         

                        就職が決まっていた企業での歓迎会の1週間後、

                        少し伸びた髪に、スーツも着ずにラフな服装で

                        伝えられた所在地に行くと、

                        改装中の本館脇に設えたプレハブづくりの建物に

                        「八尾隣保館母子寮」という古びた看板が掲げてあった。

                        2月の寒空の下で見たその光景に、

                        ぜったいに断わろうと思い、事務所の扉を開けた。

                         

                        石油ストーブの上でヤカンがチンチン鳴っている狭い部屋で

                        対面した坂江さんから出た言葉は、

                        『やる気はあるか、酒は飲めるか、麻雀できるか』だった。

                        意表をつく質問に、

                        「やる気があるかと言われたら、ある。

                         酒は、まあ、飲める。麻雀は、必要だったら覚える」と答えた。

                        すると坂江さんから「採用だ!」と即答があった。

                         

                        採用という返事は嬉しいことだが、それはそれで困った。

                        何しろ1週間前に別の会社で

                        入社の歓迎会をしてもらったところだ。

                        時間をくださいと面接の場を後にして、

                        入社が決まっている企業にどう辞退の意を伝えるか考えた。

                        1970年代から80年代にかけて、

                        けして世の中は好景気という状況ではなかった。

                        自分の行動が、後輩に悪い影響を残してはいけないと

                        大学の就職課にも相談し、丁寧な断わり方に心を砕いた。

                         

                        そして、いよいよその会社に断りに行く段になって、

                        「あんな面接でよかったのかな、

                         採用の内定通知をもらったわけでもないし」と

                        一抹の不安がよぎった。

                        何しろ、その場の口約束一つで、

                        決まっている就職を取りやめようとしているのだ。

                        そこで坂江さんに確認の電話をした。

                        「これから、就職が決まっている会社に断わりに行くのですが、

                         ほんとうに採用なんですよね」

                        すると受話器の向こうから、強い声が返ってきた。

                        「ワシを疑っているのか!」

                        「疑っているとかではないですが、

                         今までそんな会社が無かったので」

                        と確かめたかった理由を説明すると、

                        「間違いない!」と一言返ってきた。

                        「じゃあ、断わりに行ってきます」と

                        荒井さんは迷いなく行動を起こした。

                         

                        決断し、率直に伝える。

                        その言葉を、そのまま受け取り行動する。

                        既に決まっていた就職を断わり、

                        進路を変えた人との出会い。

                         

                        「やる気はあるか、酒は飲めるか、麻雀できるか」

                        今になれば、その質問は、予想外のことに面した時に

                        どう対応するか、柔軟性や

                        人との関わり方を見ていたのだと思えるが、

                        学生だった当時は、ただ、その型破りな面接をした

                        坂江さんを「ヘンテコなおっさん」くらいに思った。

                        けど、面白かった。

                        目の前に座り、話すその人から滲み出る人柄に魅力を感じた。

                         

                        「何よりも、この人と一緒に仕事をしたい。

                         坂江さんの雰囲気、人柄に対しての勘、

                         何か確信というようなものがあったというか。

                         豪快だけど、きめ細やか。

                         そんな人柄に、その時、魅力を感じた。

                         この世界に入ってきた理由はそれだけですね」

                         

                        働いてみて駄目なら、その時、他の道を探せばいい。

                        だからともかく、この面白い、魅力的な人と働こうと思った。

                         

                        「 人。人との出会い。

                         どの社会にもあるかもしれないが、

                         特にこの世界はそうではないかと、私は思います」

                         

                        荒井さんが坂江さんを面白いと思ったように、

                        坂江さんも、きっと

                        荒井さんに面白さを見つけていたのだろう。

                        枠の中にとどまらず、柔軟に、人と関わっていく。

                        型破りな面接で、先代理事長が見て取った資質で、

                        荒井さんが福祉の世界でどう歩んできたか、

                        そして、これから拓いていこうとしているのか。

                        その道を追いかけよう。

                         

                                                                                   

                                    次回「 背中を見て仕事を教わる」へ

                         

                         

                        協力:社会福祉法人 八尾隣保館

                        コーディネーター:社会福祉法人 産經新聞厚生文化事業団

                         

                         

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                        JUGEMテーマ:社会福祉

                        | ☆ルポルタージュ「日々を織る」Person5 | 08:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
                        社会のインフラとして vol.1|日々を織る
                        0

                           

                          ☆「日々を織る」福祉の現場に生きる人たちのルポルタージュ☆

                           

                           

                          Person 5   荒井 惠一さん

                           

                          社会のインフラとして

                           

                            序・大阪で社会事業を先駆した創設者

                            進路を変えた人との出会い

                            背中を見て仕事を教わる

                            2人の師匠と、仕事に対する執念

                            物事を動かしていく情熱

                            機会を逃さず

                            モチベーションの継続

                            職員たちの力を育てる土壌

                            地域の中に

                            生活のお守り

                           ⅺ 何かあったらウチにおいで

                           ⅻ さりげなく地域の中にある

                           

                           

                           

                          「この人とだったら一緒に仕事をしていける」

                          そう思ったという理由一つで、

                          既に決まっていた民間企業への就職を辞め、

                          福祉の世界に道を進めた。

                           

                          今回お話を伺ったのは、

                          社会福祉法人「八尾隣保館」の

                          理事長 荒井惠一氏。

                          八尾隣保館は、昭和10(1935)年、

                          創設者中村三徳(みつのり)氏が農村部隣保事業として

                          大阪府八尾市で事業を始めた。

                           

                          隣保事業は、19世紀後半のイギリスで生まれた

                          セツルメント活動を日本で展開した事業で、

                          産業革命の中、貧困に苦しむ労働者たちの生活の改善を目的に

                          労働者の教育に取り組んだことに端を発する。

                          日本では、1890年代、明治の後期、

                          やはり近代化の産業振興の陰で困窮に陥った労働者たちを、

                          彼らが暮らす地域の中に分け入って

                          支援をしていこうとする活動が生まれ、

                          それを隣保事業と呼んだ。

                           

                          八尾市で、その隣保事業を開始した

                          創設者中村三徳氏は、明治、大正、昭和と

                          大阪で社会(福祉)事業を先駆してきた人物だ。

                          氏の社会事業との関わりは警察官時代に始まる。

                          老若男女、身体の強弱、貧富の区別無く

                          人々が安心に安全に生活を続けられるよう力を尽くした。

                          その中の一つに「大阪自彊館(じきょうかん)」の創設がある。

                          これは生活を立てることが困難な労働者が、

                          貧窮から抜け出すための環境を提供することを目的とした施設だ。

                          より安定した収入を得られるように仕事の世話もし、

                          廉価に衛生面の整った環境で暮らしながら生活の規律を整え、

                          当人が自主的に暮らしを立て直していくことを支援した。

                           

                          その後、民間の慈善団の理事を務め、

                          困窮者のための巡回病院の実現をはじめ、

                          子ども、女性、障害者、健康や経済に困難を抱える人たちの

                          力になり続けた。

                          警察官時代から、生活困窮者が暮らす地域に足を運び、

                          子どもの教育の大切さ、衛生的に暮らすことの重要性を説き、

                          一家の大黒柱を欠いた家族の暮らしに目を配り、

                          支える策を講ずるなど、困っている人に気づき、

                          その暮らしに手で触れるような支援を続けてきた彼は、

                          やがて農村隣保事業に関心を持ち始めた。

                           

                          社会事業に身を捧げてきた彼には、

                          自身が暮らす八尾周辺の農村部の人々が

                          日々の中でどんな助けや支えを必要としているかが

                          手に取るように分かった。

                          その人たちの力になるために、

                          八尾の地で隣保事業を始めようと決心し、

                          昭和10(1935)年、私財を投じて

                          『八尾隣保館』の前身『大毎記念中村塾』を創設した。

                           

                          創設時、中村三徳氏が実現しようとした事業の内容は、

                          ◎農家、一般家庭の内職、副業の研究、斡旋

                          ◎農繁期託児所

                          ◎日曜学校の開設

                          ◎職業教育の補導

                          ◎老幼者の保護

                          ◎衛生思想の普及

                          ◎簡易図書館の開設

                          ◎司法保護

                          など、地域福祉の増進を目指したものだった。

                           

                          5代目理事長を務める荒井さんは、

                          受け継いだその創設の志を原点に、

                          時代に応じた地域福祉の形を考え、創り続けている。

                          「この人とだったら一緒に仕事をしていける」

                          その直観一つで始まった出会いの物語から、

                          その取り組みやビジョンについての話を始めよう。

                           

                           

                                                                                     

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                          協力:社会福祉法人 八尾隣保館

                          コーディネーター:社会福祉法人 産經新聞厚生文化事業団

                           

                           

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                          JUGEMテーマ:社会福祉

                          | ☆ルポルタージュ「日々を織る」Person5 | 07:49 | comments(0) | trackbacks(0) |